イベントの代休として、おやすみをもらったこの週末。
雨の日曜日は、高崎の土屋文明記念文学館で開催中の「忘れた秋 ~岸田衿子展」へ行く。
こじんまりとした規模ながら、生前から企画展を行うなど交流のあった館の学芸員の方が、おそらく時間をかけて丁寧に拾い集めた衿子さんの軌跡が、年代を追うようにわかりやすくまとめられていた。
展示のことを教えてくださった谷川俊太郎さんが「わりあいよくまとまっているようだよ」とおっしゃっていたとおり。
美大時代の自画像など初めて展示されたものから、詩の自筆原稿や書簡、山の風景を描いたスケッチ、古矢一穂さん、中川李枝子さんとの共作絵本の原画、息子さんが撮られたたくさんのスナップ、そして北軽井沢の山荘にあった衿子さん愛用の身の回りの品々など。
ひとつの詩を書き上げるまでに、何度も推敲を重ねていたこと。
絵本をつくるときには、一枚の紙を8つや12枚くらいに折りたたんでページ割をして、ストーリーを当てはめていったこと。
原稿用紙にある衿子さんの文字は丸っこくて控えめで可愛らしい。
北軽井沢の家を模した一画に置かれたチェンバロ(スキレット)。
蓋をあけると、古矢さんの描いた野の花が一面にちりばめられていて、おもわずため息が出る愛らしさ。
これを弾けなくなったときはさぞかし残念だっただろう。
暖炉のまわりに置かれていたカウベルやぬいぐるみは、亡くなる数ヶ月前に私がお邪魔したときにもそのままあったもの。
そうした小物や、衿子さんといえば・・・のトレードマークでもあったお帽子が、会場に並んでいる光景は、この展示が故人を偲ぶものであることを強調しているようで、ちょっと胸が詰まってしまう。
衿子さんはもともと魔女か妖精のような人だったから、亡くなった後でもまだひっそりと山荘にいらっしゃるような気がして__それはまったく怖いイメージのこととは程とおく__いたのだけど、そうではなくてやっぱりもう二度とお会いできることはないのだということをあらためて突きつけられたよう。
と同時に、衿子さんが愛して言葉に残した、野の花や、森や川や山や、小さな森のどうぶつたちや、村の人々ののどかな暮らしや、空や、風や、足元の小石には、これからも何度だって出会うことができる。
衿子さんが好きだったものは、人工的なものや一過性のものではなく、地味で、名もないような、この村のあちこちにある普遍的なもの__それは往々にして普段そこにいる人には見落とされてしまっているものだけれど__だったので、会いたくなったら、会おうと目や耳を傾ければ、いつだって出会い直すことができる。
そう思ったら、いつもの見慣れた風景がまた新鮮なものとして目の前に立ち上がってくるようで、寂しい気持ちも少し和らぐ。
ほんの少しファンタジックな傾向はあるにせよ、(展覧会のカタログにあった俊太郎さんの寄稿を読むと、衿子さんは、詩と生活は別のものとして、あえて詩の世界に現実のゴタゴタや煩わしい心情のことは一切持ち込まなかったという)、衿子さんほど、北軽井沢という村のありのままを言葉に残してくれたひとは他にいない。
それはやっぱり、子供時代から亡くなる直前まで、生涯の半分以上をこの村で暮らし、地元の人とも分け隔てなく付き合い、いいところも悪いところも、美しいところも、寂しくて何もないところも、四季を通して見つめ続けてきた人だからこそ著せたこと。
私はこれからもきっとことあるごとに、残された言葉の風景に助けられ、励まされたりするのだろう。
言葉と土壌がひとつになったときにあふれ出す「詩の力」というものを、私は衿子さんの作品を通じて初めて教えてもらったのだ。
最後に、この展示を見て、作品の解釈ががらりと変わってしまったひとつの詩をご紹介。
「この季節は あかるすぎて...」という一文からの引用しか読んだことがなかったので、てっきり真夏の光眩しい頃を思い描いていたのだけど、全文を読んでみたら、これは秋の、ちょうど今くらいの北軽井沢の秋をうたったものだった。
そう言われてみたら、ほんとうだ。この季節は、抜けるような高い空が青く澄んで、木々が一斉に色を纏い、すべての輪郭がはっきりして、くらくらするほど眩しい。
物思う秋、というよりは、頭を空っぽにして、ただ空を見上げているしかないような。
そんな秋の詩をひとつ。
秋には 透明な地図しかないから
ひずめの音のするほうへ
古い村をさがしに行こう
榛の風の匂いが
峠へゆく道を教えてくれる
友だちはもう 分教場の
うろこ雲の下に 立っているだろう
この季節は あかるすぎて
本が読めないから
水の底にしずんでいる
小石の数を数えよう
埴輪のくらい目の中を覗こう
昔の孤独なうたよみになって
落ち葉のうえを 踏んでゆこう
(「秋の日記/岸田衿子)
衿子さんをお好きな方は、展覧会のカタログはぜひ入手してみてください。
俊太郎さんや中川李枝子からの寄稿など、展示では見られない貴重な文章もたくさん載っています。
第78回企画展 「忘れた秋-おもいでは永遠(とわ)に 岸田衿子展-」
場所
土屋文明記念文学館
会期 平成24年10月6日(土)~12月2日(日)
開館時間 9:30~17:00(観覧受付は16:30まで)
休館日 毎週火曜日
観覧料 一般400円(320円) 大学・高校生200円(160円) 中学生以下無料
※( )内は20名以上の団体料金