PC作業の合間の息抜きに、ふと自分たちの昔のブログを振り返ることがある。
同じ季節でも、
この頃や
この頃は、よくもマメに更新していたなぁ。どうしてそんな時間が取れたんだろう?
いや、時間のせいではないはず。
森に来て、2年目や3年目。まだまだ見えるものすべてが新鮮で、あれもこれも書き留めておかなくちゃ、と思っていた。
たとえばこの時期ならば、想像を上回る(下回る?)極寒さも、雪道の運転も、早朝の霧氷の美しさも、ぶっといつららも、真っ白のマントをかぶった浅間山の輪郭も、息を吸い込んだら肺までツンとするような冷たい空気も、どれもこれもが新鮮で。
今となってはわざわざ書くのもどうかな、と躊躇してしまうようなことが衒いもなく書けていた。ちょっと羨ましいように思う。
ほとんどが些細な日常の描写にすぎないけれど、それも蓄積されればそれなりに物語性を帯びてくることもあり。
やっぱりツレヅレなるままに、書き留めておくべきかしら。
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と言う訳でさっそくとある冬の一日の様子を。
12月某日 午前

人と会う約束がなくなったので、相方の豆剥き仕事に参戦。私の旅の間の投稿にもあるとおり、相方はここ数週間、ひたすら大豆と格闘中。相方の仕事と決まっている訳ではないのだけど、いつも何かしらの理由をつけて避けてきた...。そろそろ少しは手伝わないと。(こんな私が『来年はもっと豆を増やそう!豆は可愛いから』なんて言ってるんだからびっくりする。)大豆をさやから取り出しひとまとめにしたものを、今度は良い子を選別し悪い子やゴミを取り除く作業。そこで登場するのがこの選別マシーン!お菓子などが入ってた箱や段ボールの隅に2cm角くらいの穴を開けたもの。右に左に傾けながら、良い子を穴からバケツに落とし、選り分ける。なんとも原始的だけど、S農家でもこうしていたし、目下これが最善の方法。ザザー,ザザー。ラジオで波の音を演出する小道具みたいだ。数回分のザザーで早くもめげる私。突然思い立ってクリスマスリースを作り始める。(上の写真。)ベースは何年か前に相方が作ったものがあったので、そこへウメモドキや松ぼっくり、やしゃぶしの実などを無造作に差して、完成。いびつだけど、これでなんとかクリスマスっぽい体面が保てた...かな。
同日 午後

数日前から約束していたNさんの家にお呼ばれに行く。Nさんは、お店に遊びに来てくれたことからお知り合いになった地元の方。年齢は離れているけれど、明るくてチャーミングで若々しい。おうちは、うちから一本道をまーっすぐ行った別荘地の外れにある。久しぶりに歩いてみた。日なたになるところはだいぶ雪も融けて歩きやすい。木立のなかに夏場は気づかない別荘や建物が見えてキョロキョロする。Nさんの家には母屋のほかにバンガロー小屋があって、その薪ストーブの焚かれた居心地のよいお部屋でお茶をいただく。いつもはどうしても「お店の人」と「お客さん」になってしまうから、そうじゃなくてゆっくりお話できたのは嬉しかった。北軽井沢と都会のこと、本のこと、書くことについてなど。年上の方と話すと、自分の身勝手な固定観念がぺろりと剥がれて、意味もわからずザワザワしていた想いがストンと収まることがある。このときもそう。なんとなく楽になった。整体みたいなもの? 『森で読む本』のなかで恵文社のSさんが紹介してくれた『
野生の樹木園』ほかマーリオ・リゴーニ・ステルンの本を数冊お借りする。読んでみたかった人。冬の積ん読が増えていく。お茶菓子でいただいた上田「信濃路うさぎや」の「さっくさく」というメレンゲ菓子がとっても美味しかった!今度上田に行ったら買わなくちゃ。
同日 夕方
4時過ぎにNさんちを出るとすでに日が傾いて、浅間の斜面がピンク色になっていた。コンビニに寄ってビールと「BRUTUS」の最新号「本が人をつくる」を買う。帰り道、最近近所にできたという噂のガラス張りの巨大な家(たぶん別荘)を探しにちょっとウロウロしてみるが見つけられなかった。気になる。だいぶ暗くなって家の近くまで来たら、窓の灯りと煙突からの煙が見えてホッとする。冬の日は、家から漏れる明かりがなんであんなにあったかく見えるのだろう。
同日 夜
コタツでブルータス。ブックディレクター幅氏と松岡正剛の「読書地図の創り方」が面白い。ある時期、松岡氏の「千夜千冊」をこまめに読んでいたなと思い出し、久々にサイトを見たら
引っ越していた。そしてまだ続いていた。この人のアタマはどうなっているんだろう?
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以上とりとめないこと、失礼しました。
要はなんだかんだ言って、目の前の原稿からの逃避、のようなもの。。