ネットのダラダラ見のことを書いたけれど、ここ数日、これはダラダラじゃなくてしっかり目的を持って開くページがある。
ご存知「ほぼ日刊イトイ新聞」のなかの『
さよならアルネ』。
冊子「
アルネ」が、12月発売の30号を最後に終了する。このタイミングでの、大橋歩さんと糸井重里氏の対談連載。三重で行なわれた展示は素晴らしかった様子。
ぜんぶ集めては来れなかったけれど、麦小舎のリトルプレスを集めたコーナーにも「アルネ」が数冊あって、お客さんがよく手にする。同じような形状の本はたくさん増えてきたのに、やっぱり「アルネ」が人気。何が魅力なんだろう。
「アルネ」の存在を初めて知ったときは衝撃的だった....なんて書くとちょっと大袈裟だけど、ビックリした。こんな"個人"目線で雑誌を作っていいんだ!と驚いた。
雑誌は、決まったテーマがあって編集長がいるとしても、いろんな読者やいろんな角度から読まれることを想定して、正体の見えないライターたちが集まってモニョモニョ作っているイメージだった。それが「アルネ」の場合は、ぜんぶが、まんま大橋歩という一人。
大橋さんは有名なイラストレーターだけど、写真や文章は本業ではないから、上手いのか?と言われたら上手くはないかもしれない。写真はわりかし平面的だし、文章もときどきちぐはぐ。
テーマだって、特集○○みたいな縛りなんかなくて、その時見たいこと知りたいことを天然気ままに選ぶ。
それなのに、号を重ねるうちに、どんどんその世界にはまっていった。あのくしゅくしゅっとした手描きのタイトル字や、「〜〜していらっしゃる」「〜〜なのですって」という独特の言い回し、コマ送りのような写真のレイアウトとか。
そして今になってあらためてびっくりすることは、その佇まいのようなものが、1号目から今になるまでちっとも変わっていないこと。
飾らず、こねくらず、私は私。それを貫いたことがすごい。
対談のなかで、大橋さんは「一生、おままごと」と言う。
糸井氏は「勉強家になっちゃだめ」と言う。
「おままごと」にもいろいろあって、センスがない場合はほんとに一人遊びになっちゃってイタいけれど、だけど基本はそれでいい、というのを、楽しく(ときどき辛く)遊んで遊んできた二人に言われると、ちょっと希望が湧いてくる。
大事なことは、どれだけ自分の好奇心や興味を持つものに、夢中に、素直に、時には体当たりでぶつかっていけるか。誤摩化したり、言い訳したりしないで。
自分らしさ、とか、スタイル、なんて、身につけようとしてつくものじゃなく、体当たりの先に自ずと開けていくものなんだと思う。
好奇心と体当たり。ふむ、来年のテーマ、決まったような.....。
かくいうワタシ。まだ「アルネ」最終号は入手できていないのです。
だけどきっと、最後だからってグズグズしたりはせず、さっぱりといつもどおりな一冊なのだろうと思う。
ワタシも手にしたら、いつもどおりわくわくサラサラ読んで、またしばらくして日常のなんでもない時に開いて、わくわくサラサラ読んでみたい。
たぶん数年後、「アルネ」のすごさにもう一回びっくりする日がくるのだろう。
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余談になりますが、「ほぼ日」といえば、最近この不定期連載も好き。
このユルマッタリ感がたまらない。
いつか、うちのカフェで、公開収録やってくれないかな。