近頃、「地方」が元気です。
少し前からくすぶりつつありましたが、最近特に目に見えて台頭しつつある。
あちらこちらからそんな話題が聞こえてきます。
今日も、“アンチTOKYO?クールLOCAL!”のコピーを掲げた地方カルチャー特集の「BRUTUS」をコンビニで見つけ、どれどれとめくっていたら、見慣れた名前が視界の端っこに飛び込んできて、二度見してしまった。
ジャンル別にお薦めが紹介されているページの「カフェ」のところに『麦小舎』の名が。(ほんの小さくですけど。)
およよーと驚きつつよく見たら、山村光春さんが選者となってセレクトしてくれていたのでした。
数ある地方カフェの中から名前を挙げていただけたのは、素直にとっても嬉しいこと。
さらに、山村さんの一言コメントとして「アプローチが楽しい」と。
日頃、この場所のアプローチのしにくさを第一のデメリットとして、ペコペコ頭を下げたり、自虐的になっている私たちにとって、これは目からウロコ的発言。
いや、実際に山村さんやその他の方からも直接言ってもらっていたことなのだけど、なんとなく正面から受け止めていなかったというか。いやいやそうは言ってもやっぱり不便でしょー、とキメツケてしまっていました。
地方のとある場所を目指す場合、地元に住む一部の人を除いて、そこには「わざわざ赴く」という行為が必須となります。
わざわざ時間をかけて、わざわざ道に迷いながらも、目指す。そのとき、この「わざわざ」は否定ではなく肯定的な意味合いを持ち、そんなわざわざな道すがらそのものも楽しんでいたりする。
私たちのお店も、地下鉄○○線××駅から徒歩5分、な場所にあったら、絶対魅力的でもなんでもないはず。
高速で東京から1時間半。さらに軽井沢からもうひとつ峠を乗り越えた草原のなかの、もひとつおまけに細い細い小径の奥。
その途中には、軽井沢に到着した時に感じる下界とは明らかに違う空気の匂いや柔らかい光の出迎えがあり、予告もなしに目の前に広がる浅間山の大パノラマあり、どこまで続くのか不安になるようなクネクネ峠道あり、峠の向こう側には軽井沢ともひと味違う牧歌的な牧草地や雑木林の眺めあり、季節によっては酪農地ならではの芳しい香りの洗礼あり、時にはカモシカやイノシシとの遭遇あり、木漏れ日あり、鳥のさえずりあり、草花あり.....。
そんなアプローチを経てお店に辿り着く頃には、もうカフェで過ごす時間なんてオマケみたいなものになっているかもしれない。
でもそれらをひっくるめて「『麦小舎』を目指す」という行為なのだとしたら、それはなんてスバラシイ「わざわざ」なんだろう、と、今あらためて思ってしまった。
このアプローチを、もっと自信をもって薦めてみるべきなのかもしれません。
(こんなふうに何気ないコトバひとつで、人を喜ばせたり元気づけたりするのが、ほんとにウマい人なのです、山村さんという人は。
この春から着手する『本』という世界にもう一歩足を突っ込んでいく計画についても、後ろから「絶対いいと思う」と肩を押してくれたのはこの人でした。)
アプローチに関しては、早速Webサイトの中などで、実験をしてみたいと思います。
冒頭の、地方が元気、ということからずれてしまいましたが。
うん、でもこのムーブメントは流行りとかではなくて、確実にあるなという気がします。
私たちの場合は、とりたてて「アンチTOKYO」とかいうのではなく、ただ単に自分たちが気持ちよく、やりたいように暮らせそうな場所が東京よりもこっちだった、ということにすぎません。
たぶん今、地方を楽しんでいる人はみんな、単純にそう思っている人が多いのではないかしら。
その地方の盛り上がり方の中に、もともとその土地に住む人たちによる自然発生的なものと、よそからやって来たある種カリスマ的な人の牽引による計画発生的なものと、(あるいはそれらがミックスした場合と)があるような気もしているけれど、長くなってきたのでそれについてはまた今度。
ところで、BRUTUS編集部付けランキングによれば、軽井沢町は「魅力ある地方都市」の16位にランクイン!
これはまだまだ捨てたもんじゃないのか?と心躍るも、その理由に「星野リゾートの躍進により...」というコメントを見てちょっぴり複雑。。
もちろん恩恵にはたくさんあずかっているけれど、ひとつの会社だけが引っ張る町というのも、ちょっと寂しい気がするから。
ひとつひとつの小さな力が結集して、もう一度、軽井沢に新しい風が吹いたらいいなーという願いを、今年は特に強く感じています。
(そのために私にできることはナンダロウ?)