ひと雨ごとに春がくる。
雨は霧を連れてくる。
春先の霧は、夏や秋のそれとは違って、なんだかとても暖かい。
気温は下がって空気はひんやりするのだけれど。
裸の樹々や、まだ草のない落ち葉の地面が、霧をまとって、甘く香ばしい匂いを放つ。
乾いた晴れの日には気づかない、春先の特別な匂いが、湿った空気に誘われて滲み出る。
あんまりにもいい匂いで、小雨のなか、何度も庭に出る。
うっすらと濡れながら、にやにやしている。とても怪しい。
ひたひたと霧のベールに覆われる周囲の光景。
ふとアイルランドに似ているな、と思う。
数年前に訪れたのが、ちょうどこれくらいの時期だったからかもしれない。
石ころと、美味しいビールと、断崖に吹く風と。
あの国は、もう一度、行きたいな。
アイルランドから連想して、久しぶりにこの本を開いたら、ぴったりのくだりを見つけた。
或る國のこよみ(片山廣子『燈火節』より)
一月 霊はまだ目がさめぬ
二月 虹を織る
三月 雨のなかに微笑する
......
ここでは三月とあるけれど、著者も「ひと月ほどずれているのは北に寄った国だから」と書き添えているように、ちょうどこの場所の巡りに合っている。
雨のなかに微笑する...
せっかくなので、続きも。
四月 白と緑の衣を着る
五月 世界の青春
六月 荘厳
七月 二つの世界にいる
八月 色彩
九月 美を夢みる
十月 溜息する
十一月 おとろへる
十二月 眠る
5月の青春といい、10月の溜息といい、何からなにまでぴったりで、何世紀も遡ってゲール語で「そうです、そうです!」と伝えたいほど。
もう一回、二回、ミルクのような霧のシャワーが降ったら、足元にも、頭上にも、緑色のものが現れるだろう。
コブシが咲いて、ピンクよりも白に近いような山桜が咲いて、コナシ、ヤマボウシへと、白い花のリレーが始まる。
“白と緑の衣を着る”北軽井沢を想像して、もういくつかの雨を通り越していく。
“世界の青春”の頃には、この森にアイリッシュのメロディーが響くと思ったら、もうにやにやがとまらない。
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雨から一夜明けたら、山はまたくるぶしあたりまで雪化粧。
ふもとに雪はふらず、百々の大好物のジェラートも、とうとう残りわずか。
ひょっこりひょうたん島のようになってしまった。
名残惜しそうにいつまでもペロペロ、島から離れません。
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春雨のなかで聴いても合うのではないかしら。