発売中の「天然生活」(4月号)、『小さな宝物』特集のなかで、翻訳家・村岡花子さんの生涯と宝物について、取材・執筆を担当しました。
「赤毛のアン」をはじめ、“モンゴメリ作品の翻訳家”としてのぼんやりとした知識しかなかった村岡花子さんのことが、突然、ひとりの「生きた女性」として活き活きと立ち上がって来たのは、数年前、花子さんのお孫さん・村岡恵理さんが書かれた『アンのゆりかご』を読んだときのことでした。
それ以来、いつか叶ったら…と願い続けてきた、恵理さんとの対面、インタビューの機会を得られたこと、そして、拙筆ながら花子さんについて誌面で紹介できたこと、ほんとうに嬉しく幸せで、関係者の方に深く感謝いたします。
(その過程には、恵理さんと翻訳家であるお姉さんの美枝さんご姉妹が、わたしの母方の伯母と知己であったことなど、不思議なご縁も重なりました。)
今回の取材では、大森にある「赤毛のアン記念館・村岡花子文庫」にお邪魔し、恵理さんに花子さんゆかりの貴重な品々を見せて頂きました。
壁一面の本棚に残された古い洋書、愛用の重たい英英辞典、「赤毛のアン」の原稿、几帳面に書込みされた聖書や和歌の本、日記がわりの記録帳、親しい友人たちからの手紙、そのほか大切にされていた愛用品をいくつも……
亡くなった当時のまま保管されていたものを拝見するのは、取材とはいえ、個人の大切な部分にずかずかと土足で踏み込むような後ろめたさもあって、心の中ではずっと、花子さんごめんなさい、と謝り続けていました。
恵理さんには、翻訳家という肩書きを外したときの祖母・花子さんが、どういった女性であったのかを中心にお話を伺いました。
ご著書『アンのゆりかご』でもそうなのですが、身内だからといって媚びたり色をつけたり、逆に遜ったり謙遜してみせることもなく、客観的に(でも時折、孫としての親しみを覗かせながら)話をされる恵理さんのまっすぐな受け答えがとても印象的でした。
スペースの関係上、本文で触れられずに残念だったのは、恵理さんが語った「想像力の大切さ」についてのお話です。
赤毛のアンの読者なら誰もが惹かれるアンの特徴といえば、目に見える世界すらも自分自身で変えてしまう想像力の逞しさ。
アンの想像力とは、夢みがちな空想の世界に閉じこもることではなく、その力を、目の前の「現実」をよりよいものにしていくために用いる強さです。
この「想像力」を、今の大人にこそ見つめ直してほしい、と恵理さんは話していました。
「想像力といっても、よいこと、楽しいことばかりを思い描くばかりではありません。自分以外の人の辛さや悲しみを想像してみる、そこに思いを馳せてみるということが、今こそ必要とされているのでは」と。
うまく言葉にあらわせないながらも、ずっと同じことを考え続けていたので、この言葉はひときわ胸に残りました。
「思いを“共有”する」という言葉をよく耳にします。
「共有」と言ってしまえば、なにか分かり合えたようで、すっきりできてしまいます。
でも、状況も立場も違う人と、そう易々と「共有」しあえるものなんだろうか、と、懐疑的でもあります。
「共有」の前に、いや、「共有」なんてできなくても、まずは想像力を働かせてみること。
想像力とは、特定の誰かにしか備わっていない特殊な能力ではありません。時代とも関係ありません。
ほんとうはみな、持ち合わせているのに、インターネットなどの便利な道具や、慌ただしく過ぎる時間に邪魔されて、今はうまく発揮できていないだけのような気がします。
子供たちや若い女性たちが、よりよく生きていくために、読書を通じて「想像力」という武器(... と例えると物騒ならば「術(すべ)」と言いますか)を与えようと尽力し続けたのが、村岡花子さんという人だったように思います。
花子さんがアンと出合ったのは、もう人生も後半に入ってからのことでしたが、それより以前から、翻訳や編集の仕事を通してそのことを伝えようとしていたのだと知ったとき、ぱぁーっと光が差してくるような気持ちになりました。
少しオーバーに言えば、その努力と思いが「アン」を引き寄せたのかもしれません。
アンと出合い、想像力ゆたかな彼女の言葉を訳すことが、戦時中の花子さんにとっても希望となり、戦後の人たちにもさらに大きな希望となって広がっていったこと。
そう思うと、想像力や、その生みの親である「物語」の持つ力の大きさを、あらためて思い知る気がします。
記事の補足のつもりが、余計なことを書いてしまいましたが、「天然生活」でもし村岡花子さんに興味を持っていただけたなら、ぜひ恵理さんの書かれた『アンのゆりかご』や、ムック版『村岡花子と赤毛のアンの世界』を読んでみてください。
さらには、(わたしもそうだったのですが)小学生の時以来かもしれない「アン」シリーズや、より作者のモンゴメリの自伝に近いとされる「エミリー」シリーズなどで、花子さんのユーモアたっぷりの美しい日本語を、あらためて愉しんでみてください。
大人になってから読むと、主人公を取り巻く大人たちのキャラクターに親近感を覚えたり、新しい読み方が楽しめると思います。
また、ご存知の方も多いと思いますが、この春からのNHK朝の連続テレビ小説は、花子さんの生涯を描いた「花子とアン」です。
フィクションも多く含まれるようですが、吉高由里子さん演ずる生き生きとした花子さんが、朝の楽しみとなりそうです。
それに伴い、今年は各地で花子さんとモンゴメリの軌跡を紹介する展覧会が開催されます。こちらもまた楽しみです。