かっこいい女の人に会うと、緊張して萎縮してしまいます。
(かっこいい男の人の方が、かえって平気かも。)
昨日、取材でお会いした、軽井沢在住の女性作家Y・Mさんも、想像に違わずキレイで可愛らしく、著書やウェブページに書いている通りのスタイルをそのまま身に纏っている感じの方で、対するインタビュアーの私は、その存在感に気圧されて、いつになく(いえ、いつも以上に)出てくる言葉もしどろもどろ、繰り出す質問もトンチンカンで意味不明、用意した筋書きもまったく生かしきれず、情けない姿を露呈してしまいました。
ぐったりと萎れきった帰りの道すがら、「かっこいい女の人は苦手だ...」と呟きながら、はて、“カッコいい女の人”とはなんぞや、と考えたのでした。その定義とは?
私の考える「かっこいい女の条件」は、多分次のようなことです。
1)自分の美意識に反する事は絶対にしない。
2)自分の現在の姿、またはこれまで生きてきた過去について、言い訳をしない。
今のところ、思いついたのはこの2つ。
私が、ああ、あの人かっこいいな〜と思う場合、たいていこの条件を満たしていることになります。Y・Mさんにしても、その他思い当たる人たちにしても。
見た目とか、自分らしいスタイルを持っている、とか、そういうのはそれ以前に当然あるとして、この2つって、なかなかそうしたいと思っていても、出来ない。
「美意識」というのは、普段何も考えずにぼーっとしていたのでは身につかず、ある程度意識的に“育てよう”としなければ、いつまでも無理なもの。
「わぁ〜きれい」とか「かわいい〜」と思った時に、それはどうしてキレイなのか、なぜ私の目には可愛いと思えたのか、立ち止まって考えてみる。それが“本物の”美しさなのかどうかは別として、そこで自分なりの美の価値観が生まれるんだと思います。
私なんていまだに「ちょーかわいい♪」てところで思考がストップしているので、「美意識」なんてことにはほど遠い。美意識に反するも何も。反する美意識自体が確立されていない(泣)。
2つ目の「言い訳をしない」に至っては、さらにもってヤバい。
「なんとなくそんな気がして」とか、「だってそうしかできないんだもん」なんて台詞を日常的に多用している時点で、自分の行動や考えに責任を持ちたくなく、逃げたいという心境がアリアリと窺えて。。。私がまさにコレ。振り返ってみれば、かなりカッコ悪い。
でも、これも「だって、だって」が口癖の母親の遺伝子のせいもある訳で。。(と言ってるそばから「言い訳」!)
ああ、肝心のインタビュー内容をまとめるのもそっちのけで、昨日からこのテーマで、ぐっさりしょげています。(←この「ぐっさりしょげる」という表現、ある雑誌で江國香織が使っていて、自分にぴたっときちゃったので、使わせてもらうことにしました。)
みなさんにとって、かっこいい女とは、なんですか?

そのY・Mさんに、取材お礼の手土産として持参した、クリスマスリース。
好き嫌いなセンスがはっきりされてそうな方だけに、気に入ってもらえたか、心配。
軽井沢駅前に今年オープンした「フラワーショップ春野」さんは、渋いカラーのお花が揃っていたり、アレンジも素敵です。
Y・Mさんって誰?という方は、
こちらのHPをご覧下さい。