夕方、帰り道の外の気温、ー12℃。
とうとう2桁いってしまった。
今日は冷える、冷える。
灯油ストーブをがんがん点けても、部屋の中が10℃にしか上がらない。
やっと本場?っぽくなってきたぞー。
テレビや本にちょこちょこっと出してもらったおかげで、いちばん嬉しいのは、遠く離れたひとに元気でやってることを伝えられたこと。
日頃の筆無精をフォローしてもらい.... ありがたい。
そうして、逆にお手紙をもらってしまったり。
(お返事がすぐに送れずにおります。この場を借りて、ごめんなさい。いましばらくお待ちくださいませ。)
そんななか届いた、一通の事務封筒。
中の便せんには、きっちりと丁寧に綴られた達筆な文面。
相方のふるさとに住む、おじいちゃんからの手紙だった。
体力の衰えや、物忘れがひどくなったことをひとしきりぼやいたあとに、「先日のNHKの放送は、録画して、時々眺めています」とある。
「Y君(相方)が、ぢいちゃんの真似をしたように、木っ端のケツを叩いているのを見て、嬉しくなっちゃった」
「ぢいちゃんの若かりし頃はすべて風呂などは薪。今頃からは山に行き、一年使う量を切り出して物置の側面に積んだことなどを思い出している」
「薪暖房を見てつくづく懐かしくなったり、電波のせいでテレビも不自由だということ、ますますぢいちゃんの昔を思い出すようで喜んでいる」
そして、こうも書いてあった。
「不自由があると、自由になったときに自由の有り難さが感じられることになる」
近頃はだいぶ耳も遠くなり、会話をすることも億劫になっていると聞いていた。
それでも、この手紙の「ぢいちゃん」は、とってもおしゃべり。
孫に向けて、次々に、昔のこと、今のこと、筆は休みなく続いていく。
おばあちゃんの亡くなった後、毎朝4時起きで、犬と一緒の墓参りの散歩を休まなかったという「ぢいちゃん」。
それが最近では、時々ずる休みをすることもあったり、まだ暗いので、お寺の階段で転んでタンコブで苦労したりしたこともあったという。
そのくだり、ずる休みという書き方が可愛くて、クスリとしたあと、なぜだかその後、泣けてしまった。
きちんとした式もせず、簡単な顔見せ程度の挨拶だけで済ませてしまった、孫の嫁。
「ぢいちゃん」はブラウン管を通して、あらためて「こんな子だったかね」と思っていただろう。
ひらひらの便せん2枚の手紙は、不思議とずっしりと持ち重りがして、暖かいような、胸苦しいような、存在感を持って、今もパソコンのかたわらにある。
親不孝(祖父不孝?)な孫とヨメは、この山のふもとで元気にやっています。
ぢいちゃんも、お元気で。