過日のこと。
近くにいながらなかなか会えない地元友人Yと、ようやく時間を合わせて、さて昼ごはんでも食べようと...。
しかし、この時期、北軽井沢で開いてるお店を探すのは、至難の技。
あそこも休み、ここもダメ、と彷徨いながら、ようやく地元や別荘民に美味しいと評判の蕎麦屋へたどり着く。(正確には北軽からは外れているけれど。)
鴨せいろ。細めの蕎麦に濃厚なおつゆが美味しかった。
長靴、作業着、ニット帽の、地元のおいちゃんたちに交じって、一息つく。
「こんなとき、うちみたいなお店がやっててくれたら、行ってあげるのにっ」と、自分を棚にあげて憤慨する。
しかし、通年で商売を続けることが、これだけ難しい地域も、なかなかないだろう。
「工夫」や「根性」の域を越えた、過酷な「自然環境」という壁。
それがあるために魅力でもあり、それがあるせいで発展を妨げる。
発展がよいことかどうかは別として、少なくとも「活気」は感じていたいのだけれど。。
そんなことをうにょうにょ呟きながら、ついでだから普段は歩かない「中心部」を歩いてみることに。
かつての電鉄駅を中心に、半径100mもないメインストリート。
この時期、歩いているニンゲン自体が珍しく、軽トラで行き交う人たちから何事かと見られる始末。。
旧ダイマルヤ(今となっては旧々ダイマルヤ)跡地。
子供の頃、ここにあったスーパーが大好きだった。
木造の平屋で、回廊式に作られた建物。中央のスーパー以外にも食堂やレンタサイクルや小さなゲームセンターなどもあり、地元の人、別荘客とわず、賑わっていた。
スーパーの中も、壁に絵が描かれていたり、ぐるりと回れる木の陳列棚があったり、凝った作りになっていて、買い物もワクワクした。
移転後、放置された建物は、そのまま再生も取り壊しもされず、年々寂しい姿となっていく。
割られた窓ガラス越しに中を覗くと、壁のポスター広告や子供向けのお菓子販売什器などが、やぶれかぶれに置かれたままで、せつなくなった。
ただこのまま朽ちてしまうなら、この建物を再利用することはできないものか。
一店舗が所有することは難しくても、チャレンジショップのような形で、若い店子に貸し出してみるとか。喜ぶ若い人は幾人もいるだろう。
広めの駐車場でフリーマーケットを開いてみても、適度な大きさで丁度よい。
当時の私たちくらいの子どもたちが、ソフトクリームを片手にはしゃいで回廊を走り回る...。
そんな光景が蘇ることを想像したら、少し胸があたたまる。
現在の持ち主の方(銀行なのだろうか)。そんなふうに考えてみることはできませんか。
寂しいような、懐かしいような、腹立たしいような、はがゆいような。
真冬の北軽メインストリート探訪。