北軽井沢唯一の書店、本の六四館が今月末をもって閉店します。
今はただ「残念」のひとことです。
まだよく実感が湧かないので、今日も閉店後にぶらりと顔を出し、店内をゆるゆる徘徊し、店主Yとどーでもよい話をして、またねーと出て来ました。
レジ脇に小さく掲示されている「閉店のお知らせ」に目をやらなければ、まったくそんなこと、嘘のような気がします。
いろんな物事のオワリやオワカレがいつもそうであるように、失ってみてはじめてそのコトの重さに気づくのでしょう。
10年目の決断となりました。
この場所で、10年、お店をやり続けることがいかに大変なことであるか。今の身分になって少しだけ分かるようになりました。
その間、レイアウトが変わったり、場所が移って面積が縮小したりしながらも、あの店ならではの「色」は少しも変わらずに、北軽井沢の住民、別荘客、通りすがりの観光客、すべてに向けて、淡々と、粛々と、この娯楽の少ない町で、活字にひたるという密やかな愉しみを与え続けてくれました。
東京の暮らしで3日と空けずに本屋通いをしていた私が移住を決意できたのも、この店があったからと言えます。コンビニやファミレスがなくてもガマンできますが、本屋と図書館がない町にだけは絶対住めない、と思っていましたから。(図書館は隣町まで行くことで妥協していますが。)
それにあの店では、どうやらだいぶ個性の強い店主が独自のセレクトをしていて、それが幸運にも私の好きなものとほぼかぶっている!と「半住民」として時折覗いていた頃から確信を持ち、これで私のほとんど唯一といっていい「移住」に際する懸念は払拭されたのです。
そうして...。
あらためてハジメマシテの挨拶を兼ねながら金井美恵子の文庫本を差し出した私に、「シブいですね」(当時はまだ敬語だった!)とYがにやりとしたあの日から、予想どおり本に関しては不自由も感じず、それどころかこちらへ来て初めて彼女に教えてもらったタイトルや作家さんも数限りなくあります。
そのうちに、私の好みが見透かされるようになり、「新しく出たアレが欲しくて...」と言う前からちゃっかり取り寄せられていたりするようになり。(それもこの町で私の他に買いたいなんてヤツはいないだろう、というピンポイントな狙い撃ち注文なだけに、間違いなく買わされるハメに...。)
同じく世の中に出回っている本でも、あそこの本棚に並べられるとなぜか突然ムラムラと興味がそそられて手に取ってしまう、ということもよくありました。
毎日と代わり映えのない食事なのに、お外に出て青空のもとでピクニックのようにして食べると、なぜか美味しいように感じてしまう...。それはまわりの空気とか、匂いとか、鳥の声とかがそう作用させるからだと思いますが、たとえはおかしいですがあの店にもそんな力があり、本がいきなり輝きを持ったりするのです。
本も本屋さんも、その土地柄、お国柄みたいなものが大きく影響し、この場所だから読みたくなる本というのがあるのだな、と気づきもしました。
読みたくなる本というのが、「ご当地コーナー(北軽井沢・軽井沢ゆかりの作家の本)」や、アウトドア関連、ネイチャー関連の棚はもちろん、まったくここ北軽井沢とは無縁の、ある時にはアメリカのビート文学系作品だったり、ある時には寺山修司だったりするのですが、それがちゃんと目にとまるところに並べられている安心感(...と同時のヤラレタ感)。
あの店は、限られたコンパクトなスペースにも関わらず、書店に行く2つの愉しみ__欲しい本に間違いなく出会える愉しみと、思ってもみなかった本に間違って出会ってしまう愉しみ__をそれぞれ満たしてくれる、(少なくとも私にとっては)唯一無二の最高の本屋さんでした。
「麦小舎」をスタートさせるにあたっても、六四館には影に日向にいつも助けてもらいました。
情報発信スペースとして様々な告知のお願いや、私たちの掲載本を赤面しちゃうようなポップと共に山積みしてくれたこと。
初めての企画となった昨年秋の「出張・六四館」や、昨年・今年と続けた夏の「花豆祭」。真冬の「炎のまつり」参加プロジェクト(!)、今年春のマルシェのイベントや、そして先月の長嶋有さんのトークショーまで。
新参の私たちだけでは形になし得なかったことも、六四館の実績と店主のネットワークを惜しみなく与えてくれることで一緒に実現させることができました。
本当は、これは序の口で、これからまだまだ叶えたい野望がいくつもあったけれど...。
でも、今回のことは、店主にとっては新しい出発。
カタチは変わっても、また彼女らしいアイデアとセンスで、きっとなにか楽しいことを企んでくれるに違いありません。
今は、これからしばらく本屋のない町で暮らさねばならない絶望感をグッとこらえて、新しい変化を楽しみに待ちたいと思います。
お店は残り10日。
皆さんも、なぜ、なに、どうしてー!?という言葉のかわりに、これまで買うか買わまいかじっと悩みつづけたアノ1冊をこれを機に手に入れる喜びと一緒に、六四館へのアリガトウの気持ちと、新しい門出へのオメデトウの想いを、そっと届けてあげてくださいね。
春のマルシェでの「ロクヨン」コーナーのひとコマ。
ちょっとした工夫で可愛くするのが上手でした。